第1回:THE SPIRITUAL FIBRE
「インドの生地」と聞いて、皆さんはどのようなことを思い浮かべるでしょうか。
世界で最も古くから綿が利用・栽培されてきた地域の一つであることから、自然で素朴な、糸節の多いざっくりとした布。私は、どこか漠然とそのようなイメージを抱いていました。現在インドでは超長綿などの美しく高価な綿花も生産されていますが、やはり「原点」のような、素朴なイメージが強く残っていたのです。
そのイメージを象徴していたのが、「カディ(Khadi)」と呼ばれる手織り生地でした。カディとは、手紡ぎされた綿やシルクの糸を、手織機で丁寧に織り上げた布のことです。イギリス植民地時代、産業革命による機械紡績の荒波を受けて伝統的な産業が打撃を受け、地域の繋がりが失われつつあったインドにおいて、20世紀初頭にマハトマ・ガンディーはこの布を「自立=Swaraj(スワラージ)」の象徴として掲げました。「自分たちの衣服は自分たちの手で作る」というこの運動では、とりわけ「チャルカ(Charkha)」と呼ばれる糸車を使った手紡ぎは、専門の職人に限らず農村の家庭も参加できることから、自分の生活を支え、外国への経済的依存を減らす独立運動最大のシンボルとなりました。

つまりカディの本質とは、一部の特別な職人だけが手がける希少な工芸品(ラグジュアリークラフト)ではなく、地域に蓄積された技術を人々が自らの手で継承し、生活そのものを支える「民主的な仕組み」にありました。現在では「Khadi Mark」という認証制度が整い、インド国内で天然繊維を使い手紡ぎ・手織りされた真正なものだけがカディと認められています。見た目を模倣しただけの生地はカディとは呼べません。私が抱いていた素朴なイメージの奥には、もっと深く、精神性に満ちた本質が存在していました。
私が「インド製の最高の生地を企画したい」と強く望むようになった理由は、まさにここにあります。完成された職人技をただ消費するような製品作りではなく、インドという国が追求してきた文化の創造や産業の振興、その根底にある本質を掴み取ること。その源流からスタートし、生地や衣服という形にして世界中の人々の幸せへと還元していく。そんなものづくりができるのではないかという予感がありました。
その探求の中で出会ったのが、「カストゥーリ・コットン(Kasturi Cotton)」です。
カストゥーリ・コットンは、インド政府繊維省が管轄する高品質なプレミアム綿花ブランドです。農家の適正な対価や生活環境の改善を目指し、生産者組織(FPO)と連携しながら持続可能な農法を共有するなど、農家の生計向上を直接的に支援しています。「インドの土地と精神性に根ざした綿花文化」をバックボーンに持ちながら、ブロックチェーン技術による徹底した追跡可能性(透明性)、環境や農家に配慮したサステナビリティ、そして厳格な品質管理という3つの柱を備え、世界基準の倫理的かつ最高峰の素材を目指しています。単なる素材ブランドにとどまらず、「THE SPIRITUAL FIBRE(精神性を宿した繊維)」という象徴的な言葉を掲げ、「インドの土に根ざし(Rooted in Indian Soil)、現代の厳格な基準によって高められる(Elevated by Standards)」という強い文化的アイデンティティを持っています。

私は、カストゥーリ・コットンが持つこの本質的な価値を深く理解した上で、それを単なる「ストーリーという名の売り文句」に終始させたくはありませんでした。この素晴らしい背景に私たち自身の創造性を重ね合わせ、新たな価値と文化を作り出し、現代を生きる人々に心から欲しいと思っていただける服を届けたい。そう思い立ち、オリジナルアパレルブランドの立ち上げを決意しました。
この連載は、カストゥーリ・コットンを主軸としたブランド作りの軌跡を書き記していくものです。糸の選定から生地の開発、最終的な製品へと落とし込んでいく過程で私たちが考えたこと、感じたこと、突き当たった壁とそれを乗り越えようとする試行錯誤を、現場の生の声を添えてお伝えしていきます。
このブランドには、ブランドサイトやランディングページが存在しません。これから紡がれていくストーリーの中に、読んでくださる皆様の心に触れる何かが残ったとき、それこそが私たちのブランドの姿であると思っていただければ幸いです。カストゥーリ・コットンとともに歩む私たちの挑戦を、どうか最後まで見守っていただけると嬉しいです。
その過程が、テキスタイルや服づくりに関わる方々にとって、何かしらの視点のきっかけになれば幸いです。
プロフィール

執筆
村上 稔彦(むらかみ としひこ)
サステナブルセクションプロダクションチーム。2009年に新卒で入社後、テキスタイル営業部や貿易部での経験を重ね、2024年からはサステナブルプロダクションチームで生地の企画を主領域に取り組む。惹かれるテキスタイルは、表面に表情豊かな立体感がある素材や、素肌に触れたときに心地よい生地。


