#2 懐かしい生地
ここ十数年、あるいはそれ以上前からかもしれませんが、国内外のアパレルブランドからの「ヴィンテージ感」を求める声が、継続的に強まっているように思います。
私はこれまで、さまざまなアパレルブランドと仕事をしてきましたが、その中でふと思うのは、スポーツ、アウトドア、ユニフォームといった実用品としての衣料と、ファッションとしての衣料を分ける一つの境界線が、この「ヴィンテージ」という感覚なのではないか、ということです。
ほぼ機能性や合理性だけで衣服が選ばれる世界がある一方で、ファッションというものは、ときに非合理なものを積極的に求めるようです。
わざわざ色褪せさせる。
傷んだような加工を入れる。
古い設計を参照する。
均一ではない表情を好む。
それはなぜなのだろうか?と、ふと考えることがあります。
人がヴィンテージに見出しているものは、単に「古いこと」ではなく、“過ぎ去った時間を良いものとして思い出せること”なのではないかと、私は考えています。
そしてそれは、たとえ生地加工や製品加工によって人工的に作られたヴィンテージ表現であったとしても、人はそこに自分なりの物語を見出し、その物語を身にまとうことで、安心感や幸福感、あるいは自己肯定感のようなものを得ているのではないでしょうか。

「ヴィンテージ」という表現には、単なる経年変化だけではない側面もあります。
たとえば、過去に実際に存在し、多くの人々に愛された製品をモチーフとして現代に蘇らせるような手法があります。「1960年代に〇〇軍の戦闘服に採用されたコットンリップストップ」や、「1970年代にアメリカの〇〇社が開発し、半世紀以上愛されたフィッシングジャケット」といった背景を参照しながら、そのまま忠実に復刻することもあれば、エッセンスだけを抽出し、現代的に再構築されることもあります。
度合いはさまざまですが、このような“過去との接続”そのものが、現代のプロダクト価値の一部になっているように思います。
ではなぜ私たちは、時間を巻き戻すように、古い時代へ魅力を見出すのでしょうか?
人が芸術に惹かれる理由の一つに、「ノスタルジア(郷愁)」があります。
人はいろんな経験を重ねながら大人になっていきますが、それでも心のどこかでは、幼いころや若いころの感覚を、完全には手放さずに生きているように感じられます。
そして多くの人がそこに、自分にとって大切だった感覚や、無理なく自然でいられた感覚のようなものを、無意識のうちに重ねているのかもしれません。
もちろん、その記憶や感覚というものは極めて個人的なものであり、ときには自己中心的ですらあり、他人には理解されないことも多いでしょうから、社会の中では表に出さず、心の奥にしまって生きているのだと思います。
しかし、その具体的な内容は人それぞれ違っていたとしても、「みんな子どもだった」という感覚だけは共通していて、そこには利害関係を超えて、どこか幸福を共有できるようなものがある気がします。
だからこそ人は、単なる現実逃避としてではなく、あくまで“現在を生きる”強さを持ちながら、その中で忘れてはいけない本質として、ヴィンテージやレトロといった過去のイメージを求めているのではないでしょうか。
もし「ノスタルジア」が、人間の中に本能的に存在する一次的な感情なのだとすれば、「ヴィンテージ表現」というものは、その感情を一度客観視し、現代を生きるための力へと変換するために形作られた、二次的以降の表現なのかもしれません。
いまは、膨大な情報が絶え間なく流れ込み、ショート動画や広告の多くが、いいねやフォロワーの獲得そのものを目的としているようにも見え、「なんとなく楽しい」「なんとなく心地良い」という感覚だけが、次々と消費されていく時代のように感じられます。
AIに生成させた画像や映像が、あたかも自分自身の経験や身体感覚から生まれた表現であるかのように扱われる場面が増えてきていることは、その流れの極致のようにも思えます。

その一方で、“なぜそれが良いのか”“どこに魅力があるのか”を、じっくり考えたり、言葉にしたりする時間は、少しずつ減っているのかもしれません。
長く語り継がれてきた素晴らしいものたちの本質を、もう一度「意味として捉え直そうとする姿勢」そのものが、いまのヴィンテージ志向の背景にあるのではないでしょうか。
それは単なる懐古ではなく、「なぜ良いのか」「どこが良いのか」を現代的な文脈の中で言語化し、新しい形として提案し、伝えていくことであり、それはこれからのテキスタイル開発、ひいてはものづくりや文化づくりにおいても、重要な創造性の一つなのではないかと思います。
今回あらためて「ヴィンテージ」という言葉について掘り下げてみて、ひとまず自分なりに腑に落ちたのは、ヴィンテージとは単に古いものではなく、人がどこかで惹かれ続けている“過去の記憶”のようなものを起点として、新しい表現や創造へ向かっていくための、一つのきっかけなのかもしれない、という感覚でした。
プロフィール

執筆
村上 稔彦(むらかみ としひこ)
サステナブルセクションプロダクションチーム。2009年に新卒で入社後、テキスタイル営業部や貿易部での経験を重ね、2024年からはサステナブルプロダクションチームで生地の企画を主領域に取り組む。惹かれるテキスタイルは、表面に表情豊かな立体感がある素材や、素肌に触れたときに心地よい生地。


