ファッションにおいて、「良い生地」とは何か。
考え始めると答えの出ない問いですが、自分なりに一つの仮説に辿り着くことがあります。
それは、服とは「自分」という存在を、最も自然に引き立ててくれるものではないか、ということです。
主張しすぎるでもなく、かといって埋もれるでもない。着ていることを意識しすぎないのに、結果としてその人らしさが立ち上がる。そうした状態を、ここではひとまず「心地よい状態」と呼んでみたいと思います。
もちろん、この「心地よさ」は一様ではありません。
例えば、激しい動きを伴うスポーツにおいては、吸水速乾性や軽さといった機能が、そのままパフォーマンスに直結します。一方で、日常の生活の中では、見た目の印象や素材の風合いが、より大きな意味を持つ場面も多いはずです。
いずれにしても、多くの人が服に求めているのは、その状況において「自分をうまく成立させてくれること」なのではないでしょうか。

テキスタイルの開発に携わる中で、私はいつも、そのための「最適な素材とは何か」を考えています。
そして最初にやってしまいがちなのは、必要だと思う要素を足し算していくことです。機能、風合い、見た目、素材感——それらを積み重ねていくと、確かに完成度の高いものには近づいていきます。
ただ、その先でふと立ち止まる瞬間があります。
本来の主役は服ではなく、それを着る「人」のはずではないか、と。
そう考えると、必要なのは足し算ではなく、むしろ引き算なのかもしれません。
ただしそれは、「派手か地味か」「高機能かそうでないか」といった単純な選択ではなく、もう少し曖昧で、言葉にしにくいバランスの問題です。どこを残し、どこを削るのか。その判断は、毎回少しずつ異なります。
この連載では、そうした試行錯誤の中で感じてきたことを手がかりに、「引き算」という行為をもう少し具体的に考えていきます。
完成された答えを提示するというよりも、まだ整理しきれていない思考を共有することに近いかもしれません。
その過程が、テキスタイルや服づくりに関わる方々にとって、何かしらの視点のきっかけになれば幸いです。
プロフィール

執筆
村上 稔彦(むらかみ としひこ)
サステナブルセクションプロダクションチーム。2009年に新卒で入社後、テキスタイル営業部や貿易部での経験を重ね、2024年からはサステナブルプロダクションチームで生地の企画を主領域に取り組む。惹かれるテキスタイルは、表面に表情豊かな立体感がある素材や、素肌に触れたときに心地よい生地。


