#1 「大味」と「ミニマル」
私たちのような商社の立場にいると、国内外のさまざまな工場と協力しながら、テキスタイルを設計する機会に恵まれます。
糸、組織、加工、色 ― その組み合わせはほぼ無限で、ブランドごとの世界観に合わせて、どこまでも作り込むことができる。
この自由度の高さは、この仕事の醍醐味であり、同時に難しさでもあります。
選択肢が多いほど、気づかないうちに「やりすぎてしまう」からです。
私がテキスタイル開発において常に意識しているのは、「大味にならないこと」です。
機能もある、見た目もいい、素材もいい。
要素は揃っているはずなのに、どこか“うるさい”。
何を見てほしいのかがぼやけてしまい、「全部言っているのに、伝わらない」状態になる。
提案の現場で、こうした違和感に出会うことは少なくありません。
良いものをつくろうとするほど足し算に寄っていき、その結果として、受け手にわずかな引っかかりが残る。
この違和感は明確に言語化されることが少なく、つくり手が自分で気づくしかない種類のものでもあります。

一方で、長く継続し、国内外で高く評価されているブランドほど、「引き算」がうまいと感じます。
やろうと思えばいくらでも足せるのに、あえてやらない。
ほんの少し物足りないところで止める。
その判断が、プロダクトの深さや強さにつながっている。
あるグローバルブランドのプロダクトを見ると、そのバランスの秀逸さに驚かされます。
高い機能を持ちながら、それを過剰に感じさせない。
アルパインスポーツというブランド背景を持ちながら、都市でも自然とスタイルが成立している。
この「やりすぎていない状態」は、意識的に引き算をしなければ成立しないはずです。
素材も同じで、本来「何でもできてしまう」からこそ、どこで止めるかが品質を左右します。
そしてその判断は、テキスタイル単体としての完成度だけでなく、最終製品の中でどう機能するかまでを見据えたものであるべきです。
テキスタイルは単体で完結するものではなく、
お客さまであるアパレルブランドの表現の中で、初めて完成する存在とも言えます。
私はこれを、テキスタイル開発における「余白をつくる」ことだと捉えています。
ただしそれは未完成にすることではなく、「決めすぎない」という設計です。
最終的に製品に仕上げる側が解釈できる余地を、あえて残しておく。
例えば、機能が増えすぎたときは見た目を抑える。
素材の表情が強いときは、色や仕上げを静かに整える。

そうした小さなブレーキによって、使い手がコントロールできる幅が生まれると考えています。
一方で、「余白」や「ミニマル」という言葉を、つくり手が強く語りすぎることには慎重でありたいとも思います。
それをどう感じるかは、最終的に手に取る側に委ねられるものだからです。
テキスタイルは、その判断の余地を残す存在なのかもしれません。
振り返ると、自分自身もまだそのブレーキを踏みきれない場面があります。
期待に応えようとするほど、「もう一つ足せるのではないか」と考えてしまう。
その結果、素材が本来持っていた余地を、自ら狭めてしまうこともある。
用途が明確な衣料であれば、ストレートな設計が求められることも多いでしょう。
しかしファッションにおいては、すべてを語りきらないことが価値になる場合もある。
だからこそ、「変わった生地がほしい」と言われたときも、新しさだけを追うのではなく、
その人がすでに持っている感覚から離れすぎないことを意識しています。
その差はわずかで、気づかれないことも多い。
それでも、その微調整こそが「なんとなく良い」と感じられる理由の一部になるのではないかと思います。でも、その微調整こそが「なんとなく良い」と感じられる理由の一部になるのではないかと思います。
テキスタイルは、強く印象に残ることもあれば、ほとんど意識されずに終わることもあります。
だからこそ、その境界に目を向ける。
出過ぎず、足りなすぎず。
それでも確かに機能している状態を探ること。
「大味」にならないように削ぎながらも、
「ミニマル」という言葉で意味を固定しすぎないこと。
そのあいだに余白を残すことが、テキスタイルとしての役割であり、
最終的な価値を決めるのは、使い手の解釈なのだと思います。
プロフィール

執筆
村上 稔彦(むらかみ としひこ)
サステナブルセクションプロダクションチーム。2009年に新卒で入社後、テキスタイル営業部や貿易部での経験を重ね、2024年からはサステナブルプロダクションチームで生地の企画を主領域に取り組む。惹かれるテキスタイルは、表面に表情豊かな立体感がある素材や、素肌に触れたときに心地よい生地。


