サステナブル、エシカルといった領域やそれに関心を持つ業界人・消費者が気になるキーワード・概念を軸に、「分からないことを分からないなりに考える」ための思考の道筋を共有するコラムシリーズ「サステナブルの補助線」。前回は「リジェネラティブを整理する」の第2回として、リジェネラティブを理解する上で重要なキーワード「ホリスティック」について深掘りしました。
3部作の締めくくりとなる今回は、リジェネラティブが提示する「自然と人間」の関係性に着目し、従来のサステナブルな考え方との違いや、そこから生まれる可能性について考えていきます。
目次
- サステナブルに潜む「自然 vs 人間」の構図
- リジェネラティブ:「自然と人間」の統合へ
- 「うしろめたさ」からの解放:ポジティブな循環
- おわりに
サステナブルに潜む「自然 vs 人間」の構図
これまで私たちが「サステナブル」を考えるとき、そこにはしばしば「自然」と「人間(あるいはその活動、人工物)」を対置し、ある種のトレードオフの関係で捉える視点が潜んでいなかったでしょうか。
環境を守るためには、経済活動や人間の利便性をある程度「我慢」する必要があります。CO2排出量を削減する、資源の浪費を抑える、環境負荷の少ない素材を選ぶ…。これらはもちろん非常に大切で、必要な取り組みです。しかし、その根底には「人間活動=環境に負荷を与えるもの」という前提があり、「いかにマイナスを減らすか」「現状をどう維持するか」という、どちらかと言えば守りの発想、言い換えれば「マイナスをゼロに近づける」アプローチが中心になりがちでした。
この「自然 vs 人間」という対立的な捉え方は、時にファッションやものづくり、消費といった活動そのものに対して、どこか「うしろめたさ」や「罪悪感」のような感情を抱かせる側面があったかもしれません。「何かを生み出すこと、消費すること自体が、そもそも環境によくないのでは?」という思考です。
リジェネラティブ:「自然と人間」の統合へ
これに対し、前回「ホリスティック」というキーワードで紐解いたリジェネラティブの考え方は、「自然と人間」の関係性を全く異なる角度から捉え直します。
リジェネラティブは、人間を自然から切り離された存在、あるいは自然と対立する存在として捉えるのではなく、自然を含むより大きなシステムの一部として捉えます。そこでは、人間活動が必ずしも自然にとってマイナスであるとは限りません。むしろ、自然のプロセスや循環に適切に関与し、その力を借りることで、人間活動が自然環境をより豊かにし、生態系の再生(Regenerate)に貢献できる可能性すら見据えています。
第2回で触れたプラティバ・シンテックス社の取り組みを思い出してみましょう。彼らの実践は、単に「農薬使用量を減らす(マイナスを減らす)」だけではありませんでした。多様な作物を育てることで土壌を豊かにし、地域コミュニティの経済的・社会的基盤を強化し、関わる人々のウェルビーイングを高める…といったように、農業という人間活動を通じて、土壌、生態系、地域社会といったシステム全体がより良い状態へと向かうことを目指していました。これはまさに、人間と自然が対立するのではなく、相互に良い影響を与え合いながら共存・共栄する姿であり、「プラスを増やしていく」アプローチです。
「うしろめたさ」からの解放:ポジティブな循環
この「自然と人間」の捉え方の転換は、私たちにとって非常に大きな意味を持つのではないでしょうか。
リジェネラティブ、そしてその根底にあるホリスティックな視点を持つことで、サステナビリティへの取り組みは「何かを我慢する」「負荷を減らす」というネガティブな側面ばかりではなく、「より良い状態を創り出す」「ポジティブな影響を生み出す」という創造的で希望に満ちた活動として捉え直すことができます。
ファッションやものづくり、消費といった営みも、「環境負荷をいかに低減するか」という視点に留まらず、「この衣服を選ぶことが、どのように土壌の再生につながるだろうか?」「この製品の生産プロセスは、地域社会の活性化にどう貢献できるだろうか?」といった、より積極的で、システム全体への貢献を志向する問いへと変化していきます。「ネイチャーポジティブ」を指向する上で、このような問いは有用なものとなるでしょう。
もちろん、リジェネラティブが全ての問題を解決する魔法の杖ではありません。しかし、この「自然と人間は対立するものではなく、一体のシステムの中で相互に影響を与え合う存在である」という世界観は、サステナビリティに関わる際に感じがちだった「うしろめたさ」から私たちを解放し、より前向きで、主体的なアクションへと踏み出すための力強い「補助線」となってくれるはずです。
おわりに
3回にわたり、「リジェネラティブ」という概念を、サステナブルとの比較、ホリスティックというキーワード、そして「自然と人間」の関係性という軸から整理してきました。リジェネラティブは、単なる環境配慮の新しい手法ではなく、私たち自身と、私たちが生きるこの世界との関わり方そのものを問い直す、深く、そしてポジティブな可能性を秘めた考え方と言えるでしょう。
このコラムシリーズ「サステナブルの補助線」が、皆さんと共に、複雑で答えのない問いに向き合い、未来への手がかりを探していく一助となれば幸いです。
プロフィール

執筆
森 康智(もり やすとも)
採用プロジェクトチーム兼広報・IRチーム。2014年に東京大学大学院修了後、新卒でタキヒヨーに入社。新卒採用、キャリアコンサルティングやPRの専門知識を生かし、多様な人々の「問いと語り」によるシナジー創出を目指す。_ for goodのファシリテーター。